切なくなる程に青
2021/01/21
切なくなる程に青。
敏夫は空港から、送迎のバスに乗り込み。レンタカーを借りていた。緑色のデミオだった。
「あ、前と一緒だ…。」
前回沖縄に来た時も同じ色のデミオだった。
敏夫はレンタカーの車内に乗り込み、ひとしきり車の操作に関してレクチャーを受けると、そろそろと駐車場をでた。東京で沖縄用にと買っていたCDをセットした。
目的地は既にナビに設定してあり、市内の渋滞を抜け高速道路に乗っていた。高速を降りて30分程走ると目的地、渡久地港だ。そしてそこからフェリーに乗り水納島(みんなじま)に向かう。敏夫は付近の駐車場に車を留めて往復のフェリーの券を買いに向かった。
「あ、」
敏夫は声にならない声をあげた。
(前と違う…。)
以前にも敏夫はこの港に来た事があるのだが、その時はこんなに綺麗な建物は無かった。敏夫は少し落胆しながらもその平屋だが、空調の利いた真新しい建物に入っていった。
(あ、すぐに船が来る、ついてるな。)
敏夫は券を買うと船着場に急いだ。
(良かった。)
船は以前に来た時と何も変化が無かった。新しくも古くも無いが、船室に入るとひんやりとクーラーが利いていた。そこはツアー客や家族連れ、そしてカップルばかりで敏夫のように一人で島に向かう人は他には居なかった。敏夫は一度は船室に入ったが潮風に当たる方が盛り上がるだろうと再度その船室からでて、デッキで居場所を確保した。ここから水納島までおよそ15分、決して寛げる旅ではないが、
それでも南国気分は満喫出来た。島に着くと、まずは無料のビーチパラソルを借りて、
まだそれ程人の居ないビーチにそのパラソルを突き刺し、今日一日の仮住いの環境を整えた。そこに腰をおろすと途中のコンビにで買ったオリオンビールを、我慢が出来ずに350m缶を一気に飲み干した。
敏夫は2年前の学生時代にもこの水納島に来ていた。
ただしその時は朋子と一緒だった。
…「トシ~、ね、見て魚が沢山一杯。」
「凄いな!な、早くそのパンで餌付けしてみようよ。」
「うん、でもこれって魚肉ソーセージも入ってるし、共食いだよね。」
「ほんとだ。でも気にしない気にしない。」
二人はその餌を細かくちぎって水中に蒔いてみた。大小、そして色とりどりの魚達がその
ちぎったパンのかけらを目掛けて突進してくる。
そして大きな魚とは目が合い。もっとくれよと催促される。そんな状況だった。
浜に戻ると監視員が
「魚凄かったでしょ?ニモも居るよ。でも銛を持っていくと逃げちゃうんだ。」
と笑って教えてくれた。二人は驚き感動し、そして一日、水納島を満喫した。
気付くと敏夫は少し寝ていたらしい。パラソルの下なので、日焼けは大して
していなかったが、日陰からはみ出た足は既に日焼けしていた。3本目のビール、
これも一息で飲み干せそうだが、そこは我慢してゆっくり味わった。勿論暑いのだが、それが不思議と不快ではなく、汗をかけば、目の前の海に飛び込めばいいだけだ。
今回の旅は前回と違い、俊夫は一人だった。
「一人は寂しいな。」
敏夫はふとそう思った。するとその時敏夫の脳裏にこんな言葉が浮かび上がる。
「一人じゃないよ、私はそこに居るよ。」
敏夫はがばっと身を起こした。そして周囲を見渡した。当然朋子は居なかった。
諦めて横になろうとした時に砂の中から、少し顔を出した珊瑚のかけらが目に入った。
それはアルファベットの「T」のような形をしていた。
「ね、トシ、見て見て、これをティーみたいじゃない?敏夫と朋子のTだ。これ記念に持って帰ろう。」
「そんなのただの珊瑚じゃんか。」
朋子の顔が一瞬曇った。
「じゃ、水納島にはこれから毎年連れてきてくれる?」
「え?」(結構ツアー料金高いのにな~)
「毎年は無理かもしれないけど、2年に一回ならなんとかな。」
「本当~?」
朋子は交渉に勝ったと勝ち誇るかのように満面の笑みを浮かべた。
「それなら次来た時もこの珊瑚に逢えるように深く埋めとこ!監視員さんの台の右横のこの場所、これが定位置ね。」
「馬鹿だな、潮の満ちひきだってあるし、それこそ台風だって東京の比じゃないんだぞ、そんなの流されちゃうに決まってるだろう?」
「だって~」
朋子は泣き出しそうだった。
「わ、分かったよ。じゃ深く埋めとこうよ。」
「うん。」
…そして敏夫はその珊瑚を砂から取り上げてみた。紛れも無くあの珊瑚だった。敏夫は少し涙目になりながら、涙をこぼすまいと空を見上げた。2年前のあの時と変わらず空は青く東京では見た事のない綺麗な、水色より少し濃く澄んだ空だった。
(朋子、約束は果たしたからな。)
敏夫はその珊瑚をディパックに詰め込み、残ったビールを飲み干した。そしてまた海に勢い良く飛び込んだ。あの時と何も変わらぬ空と海の青さは敏夫を優しく包み込んだ。
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