メディアという権力
2021/10/30
本日のblogの難易度【★★】
今朝の体重は77.4キロ。
今朝のYouTubeチャンネル登録者数は792人。
僕は、僕ら中小零細眼鏡店に足りない物としては、
技術力ではなく、発信力、広報力だと言ってきました。
そこで僕は自らメディアにアプローチできる
プレスリリースというスキルを学び、自ら発信してきました。
実際にそれでテレビも含む、複数のメディアの取材を獲得してきました。
ところが、近年の傾向として、僕のような自前でプレスリリースしている
中小零細企業が増え、そしてあまりにも多くのリリースが出回る為に、
今大手メディアは、あまりにも毎日多くのリリースが
届くことに対応出来なくなってしまったのです。
そこで各大手メディアはリリースをふるいにかける事を選択しました。
そのうちの一つがAIを使って有益な情報かどうかを判断するという方法。
更にPR会社といいますが、発信する側がふるいに掛けるという方法の
二つの対策で、膨大なリリースが選別される仕組みを作りました。
これで本当に有益な情報がメディアに届くのであれば、
問題ありません、ところが、今現場で起こっていることは、
ただの言葉尻を捉えて、その言葉を使えばリリースしないなどのように、
僕に言わせれば言葉狩りの様な状況が起きています。
実際に付き合っているPR会社の選別基準が公開されているので、
以下ご紹介します。以下のような内容で、
例えば虚偽があれば、それはリリースしないというのは良くありません。
それは理解します。先ずはその基準をご覧になってみてください。
(転載開始)
<掲載が停止になる可能性が高い内容>
- 虚偽・誇大表現が含まれている
- 宗教信仰による布教活動
- 非科学的、迷信に類する
- たばこ関連
- 連鎖販売取引関連
- 政治活動(選挙・立候補)関連
- 裁判(訴訟・調停)関連
- ニュース性・新規性が低い
- 過去のニュースと内容が重複もしくは類似している
- ニュースレター・お便り・ブログ・コラム
- 18禁・ギャンブル・賭博関連
- 運営事務局側で事実確認が取れない・内容が理解できない
- ニュースリリースとして体裁が成り立っていない
(転載終わり)
僕は、リリース出来ないと言われた理由は
上記事項に該当せずに
「解説」というリリースは言葉として使えないという理由でした。
例えば
「眼鏡評論家 眼石祝応が、大手のレンズメーカーのレンズを比較し解説。」
これはダメで!
「眼鏡評論家 眼石祝応が、大手のレンズメーカーのレンズを比較動画を公開。」
これは使えるというのです。
こんなバカな事あります?これが言葉狩りでなくて何なのでしょう?
昔からメディアは権力でした。それは何を報道するか、何を報道しないかという
権利を有しているからで、その選択で世論を誘導出来るからです。
ですが、今回のこのリリース可否の基準は権力ですらなく、
ただ杓子定規に、上からの指示に従いました的な基準に僕には見えます。
また、そんな記事がレビュー数を獲得し、プチばずっていたりすると、
僕の中のもやもやとした思いはぐんぐん膨らみます。
(これでしっかりリリース出来れば、少なくとも生活者の方々にとっては、
興味のあるリリースだった筈なのにな~。)
なんて思うのです。ってか思うのも無理ないでしょ?
言論の自由って言葉があります。
でも自由な権力を行使し、誰かを傷つけてしまってはいけません。
でも、解説動画はダメで比較動画は良いって、そもそも意味が分かりませんし、
少なくとも誰も傷つけていないでしょ?
僕は比較広告もどんどんやるべきだと思いますが、
比較広告がいけないっていうのは理解します。
でも僕はどこかの会社からお金を貰って比較している訳ではなく、
あくまでも評論家業という立場で比較し、消費者の眼鏡選びの一助となる
情報を発信しています。それを否定されてしまうと…。
本当に言葉のチョイスが難しいなと感じるPR会社との一幕でした。
本当の情報を広く報せる必要があります。
本当の情報を得た上で、
それでも
価格や似合う似合わないだけで選ぶユーザーが、
大多数だというのなら、それも従います。
でも現状は違います。
今はだれも
下手な眼鏡を使ったマイナスの効果も
良質な眼鏡を使ったプラスの効果も
そのどちらもご存じないから、安直に眼鏡を選べています。
皆様がご覧になっているごみ箱はきれいに見えるかもしれません。
でも蓋を開いて中をのぞくとごみだらけ、僕はごみ箱の中を見てしまったから、
これは掃除しなくてはと思っていますし、皆様はごみ箱の上っ面、外観だけで
問題の有無をジャッジしているのです。
今日はいつになく僕の愚痴のようなblogでした。
それではまたこのblogでお会いしましょう。