親父からの手紙

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眼石祝応のBLOG

親父からの手紙

2021/01/27

親父からの手紙。

 

昨晩ポストを開けると珍しく、いや初めてだろうか親父(おやじ)から封書の手紙が入っていた。メモ書き程度を手渡されたことは勿論あったが、仕事場で毎日顔をあわしているのに、わざわざ手紙にするなんてのは余程のことかと少し心配になった。親父は昔から職人気質で無口、お客様の前では懸命に笑顔で武装するが、決して営業の上手な類には分類できない。増してや家族の中では気難しく口数の少ない親父はどちらかと言えば煙たがられていた。それをうまい言葉で表現するのなら威厳ってやつかもしれない。だが今では俺も別の所帯を持ち、仕事が終われば親父とは別の家に帰途につく、そんなおれも今では威厳を出そうと懸命な毎日だ。

 

親父とおれは、お店では仕事の段取り以外では余計な会話は皆無に等しかった。そんな親父から突然に封書の手紙が送られてきたのだから誰だってきっと面食らうだろう。

 

「遺書か?」

 

とさっと脳裏をよぎるがそれは無理やりかき消した。家に帰ると妻は夕食の仕度をしていた。妻はいつも俺が帰ると一日の出来事を堰を切ったように話し出す。俺は仕事場で毎日、喉がかれるまで話しをするのだから家では聞き役に徹しているしそれが心地よい。だが今日はその親父からの手紙の内容が気になり妻との会話はうわのそらだった。早々に食事をすませ、おれは風呂に入り、床につき封を開けた。

 

「数馬、突然の手紙できっと驚いているだろう。おれは口下手だからお前に何かを伝えたいと思ってもなかなか上手く伝えられない。下手すれば喧嘩になりそうになる。だからこういった形にさせてもらった。少し長いかもしれないが、疲れていない時、手隙の時に読んでもらえればいい、返事なんていらない。この手紙はただおれからお前数馬にどうしても伝えたいことがあったから書いただけで、数馬がどう捉えるかに興味は無い。ただ読んでくれるだけでいい。

 

数馬がおれの仕事を手伝いたいって言ってくれた日のことは今でも鮮明に覚えている。昔から人と話すのが好きで得意なお前は、きっと前職の営業職の方が給料も良かった。それなのに何故と思った。きっと誰も継がない、そう思っていたから年々やせ細っていく売上表を見ていながら、何とかしなくちゃなとは思っても、おれの命もあと何年続くのかな、そう考えると汚いお店を改装する気にもならなかった。

 

それだけにお前が継いでくれると言われた時は正直戸惑ったのが本音だ。おれはあと何年生きるのか分からない。それでもおれのお店には僅かばかりかもしれないがおれを頼りにしてくれる人が居る。おれより年上も居れば年下も居る。そんな常連さんは口々におれじゃなきゃ駄目だと言ってくれている。それは本当に有り難い。

 

だが困ることもある、それはやはりおれの今までの経験をお前に託ななきゃいけないし引き継がなきゃいけないんだが、それにどれ位の時間があるかおれ自身が分からないということだ。だから最近おれは少し焦っている。そのせいかお前に対する口の利きかたが少し乱暴になっていたかもしれない。それを本当にすまなく思っている。それは焦りからきていると分かって欲しいというのはおれの我が儘だろうか?

 

今ではおれは極力お前数馬の経営方針には口を出さないようにしている。失敗もしてみないと分からないこともあるだろう。だから店を潰さない程度には何度も失敗すればいい、おれも若い頃はよくミスをした。だがそのお陰で改善もできるのだろう。

 

今お前の成長仮定でおれが口を出す事はお前の成長するチャンスを逃してしまうことだろう。だがこれだけは聞いて欲しい。おれはお店を親父の代から受け継いで約50年、おれの親父、つまりお前のお爺さんだな、その先代からきつく言われたことがあり、おれもそれだけは守っていた。

 

これをお前が受け継ぐ必要があるのかどうかはお前自身で考えろ。おれのいう事は時代遅れかもしれないからな、士農工商って言葉は知っているだろう。昔は商人が一番下に見られていた。今もそうなのかは分からない。

 

だがおれは誇りをもってこの仕事を続けてきた。こんなに良い仕事は無いとも思っているし胸を張っている。それは、おれは常にお客様のことを一番に考えてきたからで、お客様に嘘は言わなかったことも一因かもしれない。

 

でもお前は違う、あれを嘘というのか巧みな営業トークというのかはおれにはわからない。でもお前が接客し終えたあとの表情が全てを物語っていないか?

 

お前は酷く疲れているだろう。おれは疲れることはあっても接客では疲れない。いや逆にお客様からいつも勇気と感動をいただき元気一杯になれる。

 

どうしたらお前がそうなれるのか?その答えはおれにはない。でも少なくともお客様ではなく自分自身に嘘を吐かなければあれ程には疲れないのではないのか?

 

どうか時間のある時に考えて欲しい。おれは接客方法を技術論では語れない。でも接客が楽しくて仕方が無い。お前にもそうなって欲しいと最近考えることが多くなり、つい手紙をかいちまったことを許してくれ。

 

息子よ、

 

胸を張れ、

 

目を見て話せ、

 

お客様を愛せ、

 

そして仕事は楽しむもんだ。

 

な、簡単だろう?これがお前のお爺さんから言われたことだ。おれはこれだけは忘れまいと毎日心がけた。最後は尻すぼみになるところをお前が助けてくれた。本当に感謝している。

 

だからこそ、このお店を続けて欲しい、その為にはおれの言ったことを一度咀嚼してみたらどうだろうか?今では時代遅れのじじいのいうことだ、一笑に付しても当然だしそれでもいい、だがどうしてもおれが言いたくなっただけのことだから気にするな。長いのを最後までありがとう。体を自分を大切にな。 父より」

 

「あら、あなたどうしたの?」

 

妻が薄明かりの中で涙しているおれを見て不審に思ったらしい。おれも涙を流していることに気付かなかった。

 

「い、いや親父が珍しく手紙なんてよこすもんだから…。」

 

「本当、初めてよね。」

 

そんなやりとりをしたあと、おれは丁寧に手紙を折りたたみ枕元に置き、布団に深くもぐりこんだ。目を開けても閉じても差の無いくらがりでおれは手紙の内容を思い返した。おれは前職でも接客だけには定評があり、自信もあった。おれの接客でのモットーはお客様を気分良くさせることだった。相手を喜ばせる為なら何でもいった、それは他人から見れば嘘というのかもしれない。

 

だがおれはそれを嘘といわず全て方便だと解釈していた。生きる為には仕方が無い、売上を上げる為にはどうしたらいいか?おやじから実質的には店を任されてから、親父の代より必ず栄えさせてやろうと意気込んでいた。それがいけないというのか?おれは焦った。おれはそういった接客スタイルを以前の上司に叩き込まれていた。時には疑問に感じ、質問すれば必ず、いいからやれよで片付けられていた。

 

そしていつしかおれも部下に同じことを言っていた。これが会社の方針だ、黙ってやれと…。だがそんな会社も業界では最大手だったが、競合他社に変革のスピードで負け、結局スクラップの繰り返し、規模は縮小していた。おれ自身の営業成績も右肩上がりだった時代は遠く過ぎ去り、成績を維持するためにあの手この手を使い、少なくなった顧客リストの中を積極的に駆けずり回った。

 

でもあの取り組みをおれは積極的にと言ったが、営業を掛けられる側にしてみれば執拗に、とならないだろうか?少なくともあの営業をおれ自身が受けたらドン引きだ。ドン引き?おれは誰の為に営業していたのだろうか?自分のためなのか?自分が生き残るのに懸命で顧客の利益を考えなかったというのか?そしてそれを爺さんの代から引き継いだあのお店でも繰り返していたということか?

 

おれはそんな考えがまとまらずにぐるぐる浮かんでは消えを繰り返したが、手紙から読み取れる親父の想いや配慮を察すると何度も涙があふれ出た。その夜は結局一睡

 

も出来なかった。そして答えも出ていなかった。

 

「いらっしゃいませ。」

 

今日一番のお客様におれは腫れた目で精一杯の笑顔を取り繕った。このお客様はご家族皆さんでうちを贔屓にしてくださる常連さんだ。

 

「今日はどうなさいましたか?」

 

おれはしっかりと目を見てお伺いしてみた。

 

「そうね先月は赤いのをいただいたから、今日は黒にしようかと思っているだけど…。」

 

おれは少し考えてからこう答えた。そして自分の姿勢を見ると少し前かがみになっているのに気付き少し胸を張ってみた。すると背筋がキュンと伸びると同時に僅かな背中の痛みを感じた。

 

「お客様、黒というお色目は、お客様の少し浅黒い肌には不向きかもしれません。それよりはこの緑のタイプはいかがでしょうか?これならお客様の茶色い髪とも綺麗にコーディネートできますよ。」

 

といつもならお客様が黒と言えば黒しか出さないおれが初めてお客様を否定し失礼な言葉をのたまってしまった。お客様はむっとするのかと思ったが、ニコッと笑った。

 

「あらそう、それなら緑のタイプを何タイプか見せてくださる。」

 

と言ってくださった。おれはいそいそと形の違うタイプを三種類持ってきた。

 

「一応、全て手にとってみて下さい。でも僕は一番手前に置いてあるこちらがお勧めです。」

 

と言い切ってみた。するとその常連さんは、

 

「あら本当、これだと自然ね~、有難う、これいただくわ。」

 

とすんなり決まった。綺麗に包み込みお客様に手提げ袋に入れた商品を手渡しお見送りした。

 

「ありがとうございました。」

 

おれは深々と頭を下げた。その時思いも寄らない言葉をおれは耳にした。

 

「数馬さん、あなた、お父様に似てきたわね。」

 

「え、そ、そうですか?」

 

瞬時に顔が赤くなるのを感じた。常連さんはクスッと笑って去っていった。後から母に聞いたのだが、親父はその時今まで見せたことの無い程の満面の笑みを見せたそうだ。

 

おれはその後一日姿勢を気にしながらの接客で、仕事が終わると少し背中に張りを感じた。親父とは手紙の件については何もやりとりせず、いつものように駅の改札で反対方向に分かれた。おれはコートを羽織った親父の後姿を何気なく見送った。

 

(あれ?親父の背中ってあんなにでかかったっけ?)

 

と親父の背負っているもの大きさに今更ながらに気付かされた。

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