GIFT
2021/01/23
GIFT
見るからに挙動不審な男が入って来た。年の頃は40中ほどだろうか?目はきょろきょろ周囲に絶えず注意を配り探っている。バイトの恭子ちゃんも気付いたようだ。
「店長、あのお客様何かおかしくないですか?」
「そうだね、一応バックヤードに電話の子機を持って待機していてくれないか?合図を出すまでは通報しなくてもいいからね、でももし僕に暴力をふるったとしたらすぐに通報してくれる?」
「はい。」
緊張した面持ちで彼女は小走りに裏の倉庫へ入っていった。
僕はとりあえず探りを入れてみることにしようと思ったが、相手の動きの方が一歩早かった。その男は懐に手を入れながらレジに歩み寄ってきた。僕は飛び道具で無ければいいな。と願った。
男はサッと胸から手を引き抜いた。
(良かったとりあえず、勝手には飛ばない、光り物だ。)
僕は不思議な安堵感を覚えた。だがそうそう安心ばかりもしれられないようだ。
「おい、レジの中のお金を出せ、早くしろ。」
チラッと恭子ちゃんを見た。電話しそうになってる。僕はまだと合図を送った。
「どうぞ、命をとられたら仕方がありませんからね。で、このレジ台に出せばいいですか?それとも…」
「いいからこの上に置け。」
と男はレジカウンターを指差した。僕は驚かしてはいけないと思い、適度に急ぎながらも機敏に動くようにはしなかった。そしてレジのお金を出した。そして男は1万円札等だけ握り締めポケットに入れ走り去ろうとした。
僕は
「待って!」と声を掛けた。
男は怪訝な顔をして振り向いた。
「困ってるんでしょ?僕の財布にもう少しあるからそれも持って行って下さい。それ程無いけど。ちょっと待ってくださいね。」
僕は男が立ち止まるのを見てから、バックヤードに行こうとした。
「ち、ちょっと待て、裏に入って通報するつもりではないのだろうな。」
と僕に確認した。
「そのつもりならとっくに通報しているよ。疑うなら一緒についてくればいい。」
と僕は手招きをして男を裏に案内した。バックヤードに入ると僕は通勤時に身につけているジャケットの中から財布を出し、財布の中の全ての小銭と1万円札を二枚、千円札を四枚手渡した。
「お前は馬鹿か?」
男は一通りお札を数えるとそう言い放った。僕はその言葉に驚き、はっ?と顔をしかめた。
「え、どうしてですか?」
「どうしてって、お前。俺は泥棒だぞ、その泥棒にレジのお金の他に自分の財布からもわざわざ手渡す奴が居るか?」
「目の前に居るじゃないですか。」
「じゃ~何故だ。なんで俺にお前は施すんだ。」
「だってオジサン困っているんでしょ?困っていなきゃ法を犯してまでこんなことしないよね。困った人は助けなさいって僕は教わったよ。」
「それじゃ答えにならん。納得がいかん。」
「そんな~。」
僕は困った。確かにこの男のいう事は間違いじゃない。僕は先ほどの説明以外にも男に施したくなる理由があった。僕がまだ小さかったある日、放課後にどろんこになり、一通り遊び終えて家に帰ると母が食卓に突っ伏し泣いていた。
「お母さんどうしたの?」
「ごめんね、お母さん動揺しちゃって。」
と言いながら母はエプロンで涙を拭った。
「実はね、一樹、お父さん遠くにいっちゃったの。」
「え、いつ帰ってくるの?」
「ううん、お父さんはもう帰ってこない。分かって、でもお父さんは一樹のことをずっと見てるって言ってたから。」
結局父はその後帰って来なかった。父は自身が経営している会社の資金繰りに詰まり、母に遺書を残し樹海に向かったそうだ。その後お葬式のようなものはやった記憶がうっすらあった程度だが、それを父との別れの儀だと理解したのは随分と時が流れてからだ。
実はこの強盗も身なりはきれいで、きっとそれなりの地位にあった人に違いない。でも父のようにどうしようも無い事情があってこんなことをしているのだろう。だが、その僕のこの男にかける情けのような感情はきっとこの男のプライドを傷つけるに違いない。だが僕はこの男が父のように自ら死を選ぶ、それだけは何とかして防ぎたかった。苦し紛れに僕は嘘をついた。
「実は、僕はある意味前科者で、おじさんと同じようにコンビに強盗に入ろうとしたことがあるんです。でも僕は勇気が無くて出来なかった。おじさんと僕がオーバーラップしちゃうんだよね。おじさんにもきっと事情があるんでしょ。?」
「あぁ…。」と男は自身の境遇を語り始めた。
「会社がな~、もう駄目だ。俺に金を貸してくれるところはどこにもねぇ!でも家じゃ三歳になる息子と妻が待っている。飯もまともに食わしてやれねぇんだ。」
男の目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「でもおじさん、良かったじゃない。僕みたいなのんきな奴が居るお店に入って。」
「そ、そうかもしんねぇな。」
男は大きな音を立てて鼻をすすった。
そこに警察官が二人扉をバタンと開けて入って来た。
「手を上げろ!」
警官は叫んだ。その刹那、男は反射的に近くに居た恭子ちゃんを後ろから抱きかかえ刃物を首に当てた。
「やめて!」
僕は叫んだ。恭子ちゃんは恐ろしさで声も出ないようだ。警官は銃を抜き男に銃口を向けている。
「おまわりさん、何しに入って来たの?」
「はい、強盗だと通報が入りました。」
「強盗?そんな人どこに居るの?あ~あのおじさん?近所の劇団の人に手伝ってもらって強盗が来た場合のロールプレイングで研修していたんです。おじさんもう演技しなくていいよ。この警官さんは本物だって、それ以上演技してると本物だと勘違いされるよ。」
と僕は目配せした。
男はそっと溜めていた息を吐き出しながら、恭子ちゃんの首に巻いていた手をほどいた。
「そ、それは失礼致しました。何分通報があると、年の瀬ですし物騒な世の中なものですから。」
「いえ、僕も誤解を招く事をしてしまってすみません。」
すると男は包丁を床に落とし、両手を警察官に差し出した。
「おまわりさん、俺は本当の強盗です。でもお兄さんの機転であぶなく最後の一線を越えずにすみました。」
男はポケットからレジの金を見せた。
「おじさん。」
僕はせっかくの機転が活かせなかったことを残念に思った。警官は不思議な顔をして僕を見た。僕は観念し苦虫を咬んだような顔で頷いた。
「おにいちゃん、ありがとうよ。」
バックヤードから手錠をされて出る時に振り返ったその瞬間、時間の流れがゆっくりと流れる様に変化した。スローモーションの様に男はこちらに首を回しながらニコッと僕に微笑んだ。険の取れた素直で柔らかな笑顔だった。
(お父さん!)
その笑顔に父の面影を見た気がした。
そういえば今日はクリスマス。プレゼントなのかもしれない。